株式会社アッシュ・マネジメント・コンサルティング

代表パートナー平堀剛のブログ

Hot Willerへのエール

Hot Willerとは「独自の志を持ち、その実現に向けた活動を
実直に続けている人」を表す当社の造語です。そういう方々に向けた
応援メッセージを贈りたいという想いで毎月書いています。

#37

ペルー探訪記より変更し健康が第一

2011年2月2日

今、我々は南米のペルーに来ている。目的は、見分を広げるための海外渡航であり、
なるべく少ない費用で、可能であれば年に1回実施しているものである。
費用を押さえるには、最大のコストとなる航空運賃を格安にしなければならず、
ペルーまでの異動時間は、アトランタでの乗り換えも含めて、およそ24時間。
来る4月に50歳を迎える私に取っては、正直、かなり過酷なものとなった。
大まかな探訪先は、以下の通り。
リマ:市内観光、ペルートヨタ取材(3月の仕事が楽しい人を増やす会にて紹介)
クスコ:サクサイワマン、オリャタイタンボ
マチュピチュ:屈指の世界遺産
ナスカ:地上絵で有名なナスカ
今回、ペルーを選定した理由は、以前勤めていた会社の同志が、
かねてからの夢であったペルーへの移住を2007年に果たし現在も居住しているためであり、
全行程のガイドを彼女に務めてもらっている。
リマ到着初日の夕食は、36年間のキャリアを積むお婆さんが営む、
牛肉のハツ(心臓)の串焼きの屋台だった。
値段は、3つの大判のハツ3ケ/串が2串で、8ソル。約240円。
「24時間移動してきて初日の夕食が屋台の串焼き?」とかなり不満に思ったが、
営業開始時間の19時に屋台に到着し、50人近くの行列を目の当たりにして、この不満が一気に興味へと変わった。
我々が並んでからも行列は、みるみる膨れ上がるのだが、屋台のスタッフたちは動じない。
あくまでもマイペースを貫いていた。焼き台の炭火の勢いが増したころに、
伝説のお婆さんが、オンボロの軽ワゴンの助手席に乗って、さっそうと現れた。
こんな状況なので焼き上がるのが20時頃になり、我々がハツ串にありつけたのは、
21時過ぎになってしまった。が、食べてみて、味はMuy bueno(たいへんけっこう)であった。
このような現地在住のガイドならではの初日から、以降、上記に記した旅が始まった。
コラムを書いている今は、まさに、マチュピチュの感動ツアーを終えたとことである。
私は、今回のコラムで、マチュピチュの荘厳さをレポートし、残された探訪先、
特に、ナスカの地上絵については、小川が記載するという役割分担をしていた。
ところが、旅の途中で大変な事態に遭遇してしまった。
それは、小川が、マチュピチュへの訪問前夜に高山病にかかり、一瞬だが、意識を失ってしまったのだ。
この日は、標高3399mのクスコへ移動し、標高3700mを超えるタンボ・マチャイへ行き、標高2871mのウルバンバに宿泊していた。
小川の高山病は、3000mの標高を切ったウルバンバでの発病だったが、
3000mを超える高所の滞在が原因になったことは、明確であった。
宿泊ホテルのスタッフの対応も迅速的確で、現地のお医者さんにも状況をみていただき、
脈拍も血中酸素濃度も血圧も異常なしと診断され、事なきを得た。
私は日本から見て地球の裏側に位置するペルーのウルバンバで酸素吸入を受けている
小川の姿を見ていて、健康の大切さ、命の大切さを身にしみて味わった。
人間の体は生もの。ちょっとした環境の変化にも、肉体には、想像を超える負荷がかかっているのだと。
また、小川の体調の急変に直面した時の、ツアーガイドを務めてくれている元同志の対応も見事であった。
冷静沈着にホテル従業員、医者とコミュニケーションを取り、的確な処置が取られるように、
まさにガイド(手助け)してくれた。
もし、スペイン語と現地の状況に精通した元同志がガイドを務めていなかったら。
もし、的確な対応をしてくれるホテルに泊まっていなかったら。
もし、ホテルではなく外出先で発病していたら。
考えれば考えるほどぞっとする。
小川の手当てが終わったのが、21時頃。ホテルのスタッフにも、小川だけではなく、
我々も発病する恐れがあるのだからと戒められて、すぐに就寝することにして、
部屋に戻った。私は、この戒めを守りすぐに寝床についたのだが、
翌朝の小川の一言を聴いて絶句した。
「いや~早々に寝るつもりだったんですが、なかなか寝付けなかったのでTVをつけると、
何とサッカーのアジアカップの決勝戦のダイジェストが放送されていたので、観てしまいました。
李のボレーシュート最高でした」と興奮して報告する小川に、「ちゃんと寝ろっていっただろう」と、
強い語気で言ってしまった。
心の中では、元気で良かったと思いつつ。
何がなくても健康で元気なのが、一番である。
※お詫び
マチュピチュを含めたペルーの探訪報告ができなかったことをお許しください。
どこを訪れても感動に次ぐ感動なので、追って、小川がコラムで報告致します。

代表パートナー

平堀 剛

Hirabori Tsuyoshi

平堀 剛

1961年生まれ。東京都出身。

経歴

大学卒業後、電機メーカーに就職。先端技術の開発に汗を流すエンジニアを目の当たりにし、自分も何かをしたいと一念発起。学生時代からの夢、事業家(経営のプロ)を志しコンサルティング会社に転職。数多くの業界の経営実務に携わり上場(マザーズ)も経験した後に、小川とともに当社を起業。

コンサルティング・ポリシー

『本当の楽しみは、苦しみを乗り越えた者のみが味わえる』

コンサルティング実績(得意分野)

  • ◆目標達成に執着する管理者の養成
  • ◆顧客を愛顧客にする営業パーソンの育成
  • ◆中途・新卒社員の早期戦力化支援
  • ◆社員定着率の圧倒的な改善

当社での役割

  • ◆トイレ掃除(素手洗い)
  • ◆結婚式や出産のお知らせをいただいた際の心を込めた祝電や手紙の作成
  • ◆当社の経営や商品開発、催事等に関する企画立案(時に“思いつき”とも言われる)
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