株式会社アッシュ・マネジメント・コンサルティング

代表パートナー小川晴寿のブログ

Something H

当社の社名でもあり、コンサルティングのコンセプトであるH(アッシュ)。
Humanity,Honest,Hospitality,Humor, Health,Hard,Historyの
7つのH以外にもHのつく言葉にこだわって、
いい会社づくりに役立つ情報を提供していきたいと思います。

#37

【Hola! PERU!】

2011年2月3日

感動が〔事前期待<結果〕という不等式で表されるとするならば、今回、私たちがペルーでした数々の体験は、正に感動の連続でした。決して事前期待が低かったという意味ではありません。むしろ事前期待は、マチュピチュやナスカの地上絵というメジャーな観光スポットがある分、2008年の夏に訪れたドイツよりも高かったように思います。それでも魅了されてしまった、それくらいペルーは素敵なところだったのです。というわけで、今月のSomething H[aʃ]、テーマは【Hola! PERU!】です。 (【Hola!】とは、スペイン語で「やあ、こんにちは!」という意味になります)

かなりの長文ですが、<特別編>ということでお付き合いいただければ幸いです。

 

1月27日(木)

日本を出国し、途中、アトランタで乗り換え、ペルーの首都リマまで約18時間のフライト。リマに到着したのは現地時間23時55分。前職の同僚で、現在は現地の企業で人事部長を任されている作田さん(http://lamafe.exblog.jp/)が出迎えてくれました。どこで情報が錯綜したのかは定かではありませんが、私は降り立ったホルヘ・チャベス国際空港が富士山に匹敵する標高にあると信じきっていました。そのため、平地にいるにも関わらず、勝手に息苦しい気分になっていました。作田さんから「リマはまったく高くありません」と聞き、すっかり魔法から解けたわけだが、人間の体調というのは如何に思い込みに左右されるのだろうと暢気にも思っていました。

 

1月28日(金)

午前中はリマ市内を観光。市場、アルマス広場、カテドラル、サン・フランシスコ教会、サン・マルティン広場を見た後に、地元のレストランでランチ。ここで郷土料理のセビッチェ(白身魚のマリネのような食べ物)、アロス・コン・マリスコス(魚介をふんだんに使った柔らかいパエリア)を食しました。また、ビールはクリスタル、クスケーニャ、共にレベルが高く、ビール党としては大満足なスタート。

午後からは作田さんの職場であるカー・ディーラー(http://www.mitsuiautomotriz.com/)を見学。「さすが、トヨタ!」-太平洋を越えても“改善”“見える化”は生きていました。からくり館の如く、至るところに社員をモチベーションとお客様の満足度を高めるための仕掛けが施されていました。

この日の作田さんから飛びっきりのサプライズ、なんと翌日の起床時間が2時半! 飛行機でクスコへ移動する関係でやむを得ないのですが、最初に聞いた時は新手の時差ボケ解消法かと思いました(笑)

 

1月29日(土)

朝5時半の飛行機で空路リマからクスコへ。この日、私はペルーの本当の凄さに触れることになります。クスコは旧インカ帝国の首都で標高は3399m。何もしていなくても、少し息苦しいのがよくわかりました。旅行代理店の事務所でコカ茶(覚醒作用のある地元のお茶。コカ茶のコカはコカインのコカ)をいただいた後、クスコ郊外のサクサイワマン、オリャンタイタンボという要塞跡の遺跡を見学。成人の身長を遥かに凌ぐ大きさの石が見事に加工され、積み上げられた姿はインカの人々の技術力の高さと積小為大(=大事は小事の積み重ねでのみ為し遂げられる)という言葉の意味を噛み締めるのに十分でした。遺跡を見ながら「今の自分の仕事を500年後の人類が見た時に感嘆の声を上げてくれるだろうか」ということを考えていました。

その日の晩の出来事は、平堀のコラム(http://www.h-mbo.com/category/specialist/pastcolumn_hirabori/)に詳しく書いてありますのでそちらをお読みください。まさか、自分が高山病にかかるとは・・・トホホです(T_T)

 

1月30日(日)

ホテルのあるウルバンバから車でオリャンタイタンボ。そこから列車に揺られ、いよいよマチュピチュへ。天気は、朝から生憎の雨。マチュピチュに到着して、小降りにはなったものの依然として霧は立ち込め、写真で見たあの神秘的な姿を拝むことはなかなかできませんでした。待つこと1時間余り-日本にいたら霧が晴れるのを1時間以上も待つことなどありません。だからこそ、この待っている時間の価値も感じることができました-霧は晴れ、おなじみのあの風景を陽光が照らしてくれました。“500年の風に吹かれる極上の時間”を堪能する贅沢。マチュピチュが無傷の遺跡だからでしょうか、遠くから眺めていると目の前に500年前の人類がいて、農作業や機織りをしている姿が目に浮かんできます。そして、彼らもこの地で、500年前に同じ風を感じていたんだなと妙にセンチメンタルな気持ちになりました。ガイドのイザベルさんも素敵な女性でした。詳しくはケーススタディ100本ノックの1月②号に書いてあるのでご確認ください。この日はマチュピチュ村のコテージ(http://www.rupawasi.net/ingles/index.html)に一泊。

 

1月31日(月)

午前中を移動にあてマチュピチュからクスコへ。午後からクスコ市内を観光しました。クスコ観光で印象的だったのが、“スペインによるインカ支配の巧さ”。カテドラルの飾られた絵画や彫刻、銅像には、サブリミナル効果を思わせる数々の心理操作の企てが施されていました。例えば、聖母マリアの頬を現地の人のように赤らめたり、現地の伝統的な産着で赤ん坊のキリストが包まれていたりとキリスト教がインカの人々にとって身近な存在であるかのように深層心理に働きかけてあるのです。「スペイン人、恐るべし」と思ったのも束の間、日韓併合後に日本語を公用語にしたり、満州国で溥儀を皇帝に祭り上げた我が国の歴史に思いを馳せ、他国の領土を占領する方法は洋の東西を問わないのだなと訂正。この日は、さすがにアルコールを自重。完全休肝日は何年ぶりだったろうか。

 

2月1日(火)

クスコからナスカへ。アンデス山脈に隔てられた2つの都市は地図で見る以上に時間がかかる。結局、飛行機で一度リマへ戻り、リマから車でナスカへ向かう。その距離、なんと450km! 東京-大阪間が410kmですから、どれほど遠いかが想像いただけると思います。(ちなみに東京とリマは15500km、離れています) 日本ではお目にかかれない荒野の一本道、パンアメリカン・ハイウェイを走り、峠を抜け、22時過ぎ、ナスカに到着。地元のレストランでピザとビールで夕食。平地に降りたら、たらふくビールを飲もうと励ましあっていたのだが、ここで平堀のお腹に異変が・・・。残念ながら全員で「サルー(スペイン語で“乾杯”)!」という訳にはいかず、宴は翌日に持ち越し。

 

2月2日(水)

朝、パレドネス遺跡と水路を見学。年間降水量が1ミリ以下のナスカでは水の確保が人間にとっても、植物にも生命線。この水路ははるか30kmも離れたアンデスの山々から地下水路を伝ってナスカまで水を運んでいます。今も水枯れすることなく大地を潤おしていることを考えると、この地にこのインフラを作った人たちはリーダーや英雄というレベルではなく、神として崇められておかしくないだろう。ナスカのメインはもちろん地上絵! セスナに乗り込み30分の遊覧飛行。しかし、どうやってあんな大きな絵を地上に描いたのだろう??? 聞いた話だと小さい絵を先に描き、線上にポイントを決め、各ポイントから等しい距離だけ離れたところに点を打ち、それをつなげたらしい。それでもスゴイ!

午後は車でパラカスへ。途中、イカの砂漠でサンドバギーに興じた後、ホテル(http://www.hoteleslahacienda.com/esp/paracas/index_paracas.html)へ。ホテルのプライベートビーチでは海に沈む夕陽をじっと見つめる老夫婦を発見。こういう時、外国人は絵になると思ってしまうのはコンプレックスだろうか・・・。パラカスではペルーでの最後の晩餐。ホテルのレストランでシーフードとワインを堪能しました。やっとみんなで「サルー!」です。

 

2月3日(木)

朝一番で港へ向かい、パラカスの海をクルージング。リトル・ガラパゴスの異名を取るバジェスタス島で野生のペンギンやペリカン、海鳥、アシカを見ました。島肌の色が変わるほどの野生動物の大群は圧巻です。パラカスからリマへ。ランチで立ち寄ったリマのシーフードレストランは活気に溢れ、繁盛店の香りがプンプンしました。六本木ヒルズにあるリゴレットと同じような空気を感じました。何でも、そのレストランのオーナーであるガストン氏は、食を通じてペルー人に自信を与え、誇りを持ってもらいたいという想いで経営をされているとか。どこにでも志のある人はいるんですね。食後、リマ市内でお土産を物色し、現地時間25時過ぎの飛行機でリマから日本へ。長かった旅も終了です。

 

本当に素晴らしい旅になりました。

この経験を生かして、コンサルタントとしても、人間としても成長し、今後の人生をより豊かなものにしていきたいと思います。最後になりましたが、仕事が忙しい中で、ガイドをしていただいた作田文子さんにこの場を借りて御礼を言いたいと思います、Gracias!

代表パートナー

小川 晴寿

Ogawa Haruhisa

小川 晴寿

1969年生まれ。千葉県出身。

経歴

経営コンサルティング会社に8年半勤務した後、ベンチャー企業の取締役として経営に参画。同社が3年で東証マザーズへ上場を果たす一翼を担う。その後、“やりがいを感じられる職場を1つでも多く増やしたい”という想いから、平堀と共にアッシュ・マネジメント・コンサルティングを設立。

コンサルティング・ポリシー

『1ミリの変化を心から喜ぶ』

コンサルティング実績(得意分野)

  • ◆経営者の想いをワクワクする言葉で表現する理念策定支援
  • ◆採用ビギナー企業に対する適正コストでの新卒採用支援
  • ◆自ら考える人材を育成するケーススタディ研修の開発
  • ◆評価制度の運用・定着を通じたマネジメントの仕組みづくり

当社での役割

  • ◆辻を一流のコンサルタントにするために、ビシビシ教育すること
  • ◆イベントや制度のユニークなネーミング
  • ◆平堀が出したアイデアを実現可能なレベルにブレークダウンすること
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