株式会社アッシュ・マネジメント・コンサルティング

代表パートナー小川晴寿のブログ

Something H

当社の社名でもあり、コンサルティングのコンセプトであるH(アッシュ)。
Humanity,Honest,Hospitality,Humor, Health,Hard,Historyの
7つのH以外にもHのつく言葉にこだわって、
いい会社づくりに役立つ情報を提供していきたいと思います。

#118

HERO

2018年1月18日

去年の1月のコラムでは、
母校、神奈川大学が箱根駅伝で12年ぶりのシード権を獲った話を書きました。

1年後の今年、母校は、
青山学院、東海大学と並び3強の前評判を得るまでに躍進しており、
私の期待は否が応でも高まります。

「もしかして、もしかする!?」
「シード落ちはないだろ、悪くても去年くらいの成績は残してくれるはず」

しかし結果は・・・。
5区山登りでの大ブレーキが響き、
彼らが掲げていた目標にはるか遠く、往路15位、総合13位。

ショック・・・・
(╥_╥); ゥヮー

こうして私の40代最後の年がスタートしました。
しかし、失意の箱根駅伝が幕を閉じた翌日、
追い打ちをかける悲しい出来事が・・・。

闘将、星野仙一死去。
1月4日未明、枕元で震えたスマホを見ると
にわかに信じがたいYahooニュースのポップアップ。

・・・・・・・・・・・・・

声も出ず、寝ぼけているのだろうかと目を擦り、再び確認。
そして、ハッキリと目に飛び込んできた

闘将、星野仙一死去。

私が中日ファンであることは、知人友人の中では周知の事実。
そのキッカケは、「空白の一日」と「星野仙一」

プロ野球界を騒然とさせた空白の一日、江川事件。
当時、私は10歳で一番野球にハマっていた時期だと記憶しています。
*空白の一日が分からないかたはWikipediaでご確認ください。

熱烈な巨人ファンを自負しており、
父に巨人のユニフォームのレプリカを買ってもらい、背番号は8。
「2番サード、高田繁」が大好きだった。

そんな巨人ファン少年が「空白の一日」という事件をテレビで観ながら
子ども心に抱いた気持ち悪い感情 ― 「巨人はズルをしてるんじゃないか」

その後、周囲の大人に尋ねてみたが、
誰も私を納得させるような巨人の正当性を説明はできず
歯切れの悪い受け答え。

そして10歳の私は決意する、巨人ファンをやめようと。

そんな時、私を魅了したのが、
打倒巨人を掲げて熱投する星野仙一だった。

それから星野仙一は私の中でHEROになる。
巨悪に立ち向かう正義のHERO。

マニアックな話だが、
クロマティが宮下を殴った乱闘で、
世界の王貞治に向って監督になった星野が握りこぶしを突き上げている姿は、
引退しても巨人に立ち向かう象徴として、今でも脳裏に焼き付いている。

星野仙一のどこに惹かれたのか?

まず、正義感。
というよりも当時の私は「ジャイアンツ=ズルする悪いヤツ」という囚われがあり、
それに立ち向かう星野は正義と決めつけていた感があります。

実際、星野仙一がどれくらい正義感に溢れた人物かは知りません。
でも、きっと義を重んじる人間だと信じています。

 

次に、情熱・熱血漢。
今でこそ熱い男は松岡修造の代名詞になっていますが、
当時のスポーツ界で、星野仙一ほど感情を表に出す選手はいなかったでしょう。

 

そして、人情味。そこから生み出される人望。
関わった人たちが声を揃えて評価する星野の情の深さ。
選手や選手の家族は元より、裏方のスタッフの家族にまで
誕生日プレゼントや入学祝を送っているというエピソードを聞いたときは、
「マネジメントの要諦を見つけたり」の心境で鳥肌が立ったことを覚えている。

 

最後に、リーダーとしての優秀さ。
星野が監督を務めたチームは、中日、阪神、楽天の三球団。
どれも監督就任時は弱小チームだったが、
すべてのチームをリーグ優勝へ導いている。
日本一には、縁遠かったが2013年に楽天で達成。

巨人やソフトバンクといった強豪チームではなく、
球界のドアマットのような弱小チームを優勝させる手腕には
何度も感心させられました。

私に、たくさんの大切なことを教えてくれたHERO星野仙一は逝ってしまいました。
悲しいけれど、こんな時はONEPEACEのドクターヒルルクの名言を思い出そう。

人はいつ死ぬと思う・・・?
心臓を銃で撃ち抜かれた時? ・・・・・違う。
猛毒のキノコスープを飲んだ時? ・・・・・違う!!!
・・・人に忘れられた時さ・・・!!!

私はHERO星野仙一を絶対に忘れない。
Hoshino Senichi, Forever!

 

あらためて、故人のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
*文中は故人へ最大級の敬意を込めて「呼び捨て」にさせていただきました。

代表パートナー

小川 晴寿

Ogawa Haruhisa

小川 晴寿

1969年生まれ。千葉県出身。

経歴

経営コンサルティング会社に8年半勤務した後、ベンチャー企業の取締役として経営に参画。同社が3年で東証マザーズへ上場を果たす一翼を担う。その後、“やりがいを感じられる職場を1つでも多く増やしたい”という想いから、平堀と共にアッシュ・マネジメント・コンサルティングを設立。

コンサルティング・ポリシー

『1ミリの変化を心から喜ぶ』

コンサルティング実績(得意分野)

  • ◆経営者の想いをワクワクする言葉で表現する理念策定支援
  • ◆採用ビギナー企業に対する適正コストでの新卒採用支援
  • ◆自ら考える人材を育成するケーススタディ研修の開発
  • ◆評価制度の運用・定着を通じたマネジメントの仕組みづくり

当社での役割

  • ◆辻を一流のコンサルタントにするために、ビシビシ教育すること
  • ◆イベントや制度のユニークなネーミング
  • ◆平堀が出したアイデアを実現可能なレベルにブレークダウンすること
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