人事評価制度の目的を、社長の言葉で言えますか? 中小企業が人事評価制度の策定で失敗しないための考え方
- 3 日前
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「人事評価制度を作ったのですが、いつの間にか使われなくなってしまいました」。中小企業の経営者から、私たちはこのような相談を何度も受けてきました。時間も、お金もかけたのに、数年後には形骸化し、現場は評価にも、処遇にも満足していない。
このような失敗には、共通点があります。それは、人事評価制度によって何を実現したいのかが、社長自身の言葉になっていないことです。
「人事制度を導入して、何を実現したいですか」という私たちからの問いに、多くの経営者は「目的は…」と答えていただけます。しかし、そこから少し突っ込んだ質問をすると、途端に口が重たくなったり、抽象的な回答の堂々巡りが始まってしまう経営者は少なくありません。 問題は目的がないことではなく、目的を深掘りしないまま制度を作り、人事評価制度を導入した後に、何が起こるのかを描き切れていないことにあります。
今回は、20年以上、中堅・中小企業の人事制度づくりと運用を支援してきた経験から、人事評価制度の目的と、制度を「作って終わり」にしないための考え方を解説します。
人事評価制度の目的とは

人事評価制度の目的は、「社員を評価・処遇すること」ではありません。評価という営みを通じて、経営課題を解決することです。評価項目や評価基準、昇降格の要件は、その目的を実現するための手段にすぎません。
人事評価制度が根づいたとき、社員は何を理解し、どのように行動しているのか。そして、経営課題を解決した会社はどのような状態になっているのか。
この問いへの答えが曖昧なままでは、外部の専門家の力を借りて、どれほど精緻な制度を作っても意味がありません。
評価という営みが、評価する側にも、評価される側にも何の期待も持たれないまま、会社が用意したシートをただ埋めるだけの作業になってしまうからです。
中小企業が人事評価制度を導入する主なきっかけ

中小企業が人事評価制度を作ろうと考えるきっかけは、会社によって異なります。私たちへの相談では、特に次の3つから始まるケースが多くあります。
1.昇給や昇格について説明できるようにしたい
最も多いのは、処遇に関する悩みです。社員数が少ないうちは、社長が一人ひとりの仕事ぶりを見て、昇給や賞与を決めることもできます。
しかし、社員が増えるにつれて、それも限界が来ます。
「なぜ、あの人のほうが給与が高いのか」
「何を頑張れば給料が上がるのか」
「上司によって評価が違うのではないか」。
こうした社員からの問いに、会社として説明できなくなるからです。
経営者の中には「頑張った人には、きちんと報いたい」と考える方が多くいます。
しかし、人事評価制度という道具を使って、その思いを表現し切れていない方も少なくありません。
2.採用力を高めたい
二つ目は、採用に関する課題です。近年は最低賃金が毎年のように引き上げられ、若年労働力をめぐる企業間の争奪戦も年々激しさを増しています。
「うちは給与が低く、休日も少ないから人が採れない」。
このような問題意識をきっかけに、
人事評価制度の導入や改定に踏み切る会社も少なくありません。
しかし、新人や若手社員の給与を引き上げたり、休日を増やしたりすれば、当然、総額人件費は増加します。新人だけの給与を上げれば、既存社員とのバランスも見直さなければなりません。
そして、増加した人件費を吸収するためには、生産性を高めるだけでなく、業務の進め方や価格設定、さらにはビジネスモデルそのものの見直しを迫られることもあります。
つまり、採用力を高めるための人事制度改定は、人事部門だけで完結する問題ではありません。会社の稼ぐ力や働き方まで含めて考える、経営そのものの課題なのです。
3.組織の成長ステージや時流に合わせて体制を整えたい
三つ目は、「このままではまずい」という危機感から始まるケースです。
たとえば、三六協定の上限を大きく超えるような、常識を逸脱した時間数を前提に固定残業代を支給している。社員が50人、100人と増えていく過程で、本来であれば管理職を任せるべきではない人材まで昇格させてしまい、組織に歪みが生じている。
創業時に作成した就業規則や賃金規程はあるものの、その後の度重なる法改正に対応できないまま放置されている。歴代の社長が社員一人ひとりを思いやり、良かれと思って付与してきた手当が、気づけば10種類以上に増えている。
あるいは、「管理職になれば残業代を支給しなくてもよい」という誤った認識で運用を続けた結果、退職者から訴えられてしまう。
表面化する問題は会社によってさまざまです。しかし、その背景には共通して、組織の成長や時代の流れに制度や経営管理が追いついていないという問題があります。そのまま放置すれば、固定費は増え続け、コンプライアンス上のリスクも高まります。
問題が顕在化して初めて、経営者のお尻に火がつき、人事制度や労務管理の見直しに踏み切るのです。
制度を作る目的と、制度によって目指す未来像を分ける

人事評価制度を作るきっかけは、処遇、採用、組織体制、人材育成、理念浸透など、会社によってさまざまです。大切なのは、導入のきっかけと、制度によって目指す状態を分けて考えることです。
たとえば、「昇給や昇格について説明できるようにしたい」という目的から始めたとします。
その目的が達成された状態とは、単に賃金テーブルが完成していることではありません。
社員が、
「会社が自分を評価した理由と、新しい給与が決まった根拠を理解している」
「どの能力をどれくらい伸ばせば次の役割に昇格できるのかが分かる」
「評価結果に完全には納得できなくても、理由は理解できる」
となっている状態です。
採用力を高めたい場合も同じです。求人票の給与欄に競合他社と同程度の金額を書けるようになることがゴールではありません。
新しい賃金制度、福利厚生に魅力を感じて、応募してくる求職者が増えたり、既存の社員が自社の制度について転職サイトに高評価のクチコミを書いてくれるような状態を目指し、実現してこそ、制度を新たに策定・刷新した意味があるのです。
制度を作ることと、制度が機能することは別です。人事評価制度の目的を考えるとは、制度が完成した姿ではなく、制度が日常に根づいた後の会社と社員の姿を描くことなのです。
人事評価制度の本当の役割

私が人事評価制度で最も大切だと考えているのは、会社からの期待と、社員本人の意志を重ねることです。
会社には、社員に担ってほしい役割があります。
一方で、社員にも、「好きな仕事がしたい」「自分の強みを生かしたい」「将来はこのような役割を担いたい」という意志があります。
会社の期待だけを一方的に押しつければ、評価制度は管理と査定の道具になります。
反対に、本人の希望だけを優先すれば、会社として必要な役割を果たせなくなります。
大切なのは、会社が求めることと、社員が目指したいことの重なりを探すことです。
完全に重なるとは限りません。だからこそ、対話が必要です。
評価面談は、会社が社員に点数や結果を伝える場ではありません。
会社が社員に何を期待しているのかを伝え、本人が何を目指したいのかを聞き、そのためにどのような成長や支援が必要かを一緒に考える場です。
私たちは、この働く人の意志を大切にする考え方を「Will Management」と呼んでいます。
過去の仕事を採点するだけでは、社員の意志に火をつけることはできません。
評価という営みを、本人のWill、現在の能力、会社から求められる役割をすり合わせ、次の行動を決める機会に変える。それが、人事評価制度の本来の役割です。
目的の解像度を上げる「3つの問い」

人事評価制度の目的を明確にするためには、制度の構造や評価項目を考える前に、次の3つの問いに答える必要があります。
3つの問いは、社員にどのような好ましい変化を起こしたいのかを描き、その実現のために会社と経営者が何を変えるのかを明らかにするものです。
問1 社員の意識・行動・仕事の進め方を、具体的にどう変えたいですか
人事評価制度の目的は、瑕疵のない評価のロジックを整備することではありません。制度の導入や改定によって、社員の仕事ぶりや言動に、どのような変化を起こしたいのかを具体的に描くことが出発点になります。
たとえば、「上司から指示されるまで待つのではなく、自ら目標を考えるようになってほしい」「自分の担当業務だけでなく、チーム全体の成果を考えて行動してほしい」「経営理念を暗記するのではなく、日々の判断基準として業務で体現してほしい」といった変化です。
「主体性を高めてもらいたい」「高い目標に挑戦するようになってほしい」という表現だけでは不十分です。誰の、どのような意識や行動を、どのように変えたいのか。
評価項目や評価スケジュールを決める前に、社員に起こしたい変化を具体的な仕事の場面として描く必要があります。
問2 現在の「何が」「どのくらい」変われば、社員に好ましい変化が生まれますか
目指す変化を描いたら、次に、現在の状態との違いを明確にします。
ここでは、最も分かりやすい給与を例にお話しします。
現在、35万円の月給をもらっている若手社員に、さらに高い役割や成果を期待するのであれば、それに見合う給与はいくらなのか。
現在、最速でも33歳にならなければ課長になれないキャリアステップをどのように変えると、
社員は目の色を変えて上のキャリアを目指してくれるようになるのか。
現在、25万円の新卒初任給をいくらにすれば、欲しいレベルの人材が、必要な人数だけ集められるのか。これらを真剣に考えましょう、という意味です。
問3 会社や経営者は、どのような痛みや変化を受け入れる必要がありますか
人事評価制度というと、社員をどのように評価し、変えていくかという話になりがちです。しかし、本当に制度を機能させるためには、社員だけでなく、会社や経営者も変わらなければなりません。たとえば、次のような変化です。
人件費を増やす
必要なシステムを導入する
社長が一人で評価や処遇を決める状態から、管理職へ権限を移す
社員の異論や不満を受け止め、対話する仕組みを設ける
過去の判断や制度の矛盾を認める
業績成果を上げていても、理念に反する行動を取る社員は高く評価しない
こうした変化には、経営者にとっての痛みが伴います。
社員に好ましい変化を求めるのであれば、その変化を実現するために会社や経営者が何を引き受けるのかを、先に明確にしなければなりません。
ここに掲げた3つの問いに答えることは、簡単ではありません。しかし、答えに詰まることは失敗ではありません。むしろ、そこが人事評価制度の目的を本気で考える出発点です。
社員にどのような変化を起こしたいのか。現在の何を、どの程度変えるのか。そのために、会社と経営者は何を引き受けるのか。
この3点が具体的になれば、必要な評価項目、等級制度、面談方法、処遇への反映方法は、その後にスムーズに選べるようになるのです。
中小企業の人事評価制度は、シンプルでよい

中小企業に、大企業と同じような精緻な人事評価制度は必要ありません。
専任の人事担当者が何人もいる会社と、社長や管理部門が本業の合間に運用する会社では、前提が違うからです。
中小企業に必要なのは、立派な制度ではありません。
現場で使い続けられる制度です。
私たちは、人事評価制度は「構築2割、運用8割」だと考えています。
ただし、ここでいう運用とは、決められた時期に評価シートへ点数を入力することではありません。
目的を明確にする。制度はシンプルに作る。実際に使う。
評価者と被評価者の声に耳を傾ける。会社の成長や環境変化に合わせて見直す。
会社によって、適切な面談の頻度や運用方法は異なります。
月次の1on1が合う会社もあれば、四半期ごとの振り返りが合う会社もあります。
半期ごとの正式な評価に加え、日常的なフィードバックを重視する会社もあります。
大切なのは、制度策定の際に決めたルールや型を守ることではありません。自社が起こしたい社員の変化に合った対話が、無理なく継続されていることです。
10年使える制度ではなく、10年見直し続けられる制度をつくる

会社は変わります。事業内容も、組織規模も、社員構成も、求められる能力も変わります。社会の価値観や働き方、市場の賃金水準も変化します。
そのため、長きにわたって同じ人事評価制度をそのまま使い続けることを目指すべきではありません。目指すべきなのは、10年先まで、会社の変化に合わせて見直し続けられる制度と運用をつくることです。
会社や社員が成長すれば、制度が合わなくなるのは当然です。むしろ、制度を守ることが目的になり、現場の変化に合わなくなっても改定しないことのほうが問題です。
人事評価制度は、野球のグローブと同じです。何度も、何度もオイルを塗って使う人間の手になじませていくことで、世界でたった一つのかけがえのない宝物になっていきます。
人事評価制度が目指す「いい会社」とは

人事評価制度が機能すれば、人が育ち、処遇への納得感が高まり、理念に沿った行動が増えていきます。
その結果として、社員が長く働きたいと思える会社になることもあります。
ただし、すべての社員を無条件に引き留めることが、目指すべき定着ではありません。
社員本人のWillと会社の方向性が重ならなくなることもあります。
そのときに、無理に会社へ合わせることを求めるのではなく、お互いに誠実に話し合えることも、いい会社の条件です。
私たちが考える「いい会社」とは、社員を囲い込む会社ではありません。
会社が社員に期待することを明確に伝え、社員も自分の意志を率直に話すことができる。
意見が違っても建設的に対話ができる。失敗しても、次の成長につなげられる。社員が自分の仕事に意味を感じ、会社や仕事に誇りを持てる。
人事評価制度は、そのような会社をつくるための一つの仕組みです。
まとめ

人事評価制度の目的は、評価シートを作ることでも、社員に点数をつけることでもありません。
会社が社員に期待することを明確にし、社員本人の意志を確認しながら、対話を通じて成長を支援することです。
処遇への納得感、採用力、人材育成、定着、理念浸透は、その仕組みが機能した結果として生まれます。
制度を作る前に、経営者は次の3つを明確にする必要があります。
社員にどのような好ましい変化を起こしたいのか
現在の何を、どの程度変えるのか
そのために、会社と経営者はどのような痛みや変化を引き受けるのか
社員にだけ変化を求め、会社や経営者が何も変わらない人事評価制度は機能しません。
社員にどのような笑顔を増やしたいのか。そのために、経営者自身が何を変えるのかを考えるところから始まるのです。
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