【4コマ漫画経営塾】 「めでたし、めでたし」は誰目線?
いつもお世話になっております。
株式会社アッシュ・マネジメント・コンサルティングの小川です。
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株式会社アッシュ・マネジメント・コンサルティングの小川です。
今回は、日本の昔話『かちかち山』を題材にしました。
早速、ご覧ください。

畑を荒らしたタヌキを捕まえたおじいさん。
「今晩は狸汁にしよう」とおばあさんに話します。
ところが、タヌキはおばあさんをだまして逃げ出し、おばあさんの命をも奪ってしまいます。
おじいさんの仇を討つため、ウサギはタヌキを懲らしめます。
そして最後は、タヌキがいなくなって「めでたし、めでたし」。
ところが、母親にかちかち山の絵本を読んでもらった子どもが、こんな疑問を口にします。
「先にタヌキの命を奪おうとしたのは、おじいさんだよね。
タヌキのお母さんは悲しんでいない? 正当防衛だったんじゃない?」
話の結末を「めでたし、めでたし」と受け止めていたお母さんも、思わず考え込んでしまいました。
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【このマンガからの学び】
▶表面的な出来事だけで善悪を決めつけない
▶白黒ハッキリしないムズムズと向き合う心の強さを持つ
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この漫画では、物語の最初に「畑を荒らす悪いタヌキ」と説明されたことで、
私たちは「タヌキ=悪」とタヌキの立場を固定し、物語を追いかけることになります。
確かに、最初に畑を荒らしたのはタヌキです。
タヌキがおばあさんの命を奪ったことも許されるわけではありません。
しかし、報復としておじいさんやウサギがタヌキにした行為も褒められるものではありません。
2013年の新聞広告クリエイティブコンテストで、最優秀賞を受賞したのは以下のコピーでした。
「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。」
この作品のタイトルは「めでたし、めでたし?」
一方向から見れば「めでたし、めでたし」と終わる英雄譚でも、
別の視点(鬼の家族の視点)から見れば悲劇になり得ることを描き、
「私たちが見ている世界」を広げる大切さを問いかけています。
先日、就任間もない農林水産大臣が、失言によって辞任しました。
社会には「めでたし、めでたし」の空気が漂っているように感じます。
ついこの前まで、関心を持つことなく、名前も知らなかった政治家。
ところが、一連の報道に触れるうちに、いつの間にか彼を「ヒール」として見るようになり、
私たちはその視点からだけ、彼の物語を追いかけていました。
もちろん、発言が問題でなかったと言いたいわけではありません。
ただ、発言を批判することと、彼を「ヒール」として見続けることは、同じではないと思うのです。
目の前にある「めでたし、めでたし」は、誰にとっての「めでたし、めでたし」なのか。
自分にとってだけの「めでたし、めでたし」になっていないか。
そんなことを考えていると、スパッと解が出せなくて、ムズムズと気持ち悪くなるのですが、
SNS全盛で情報があふれる時代だからこそ
そんなムズムズと向き合える心の強さを持ちたいものです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
(文責)
株式会社アッシュ・マネジメント・コンサルティング 代表取締役パートナー 小川晴寿
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