#36
三日坊主のすすめ
◆コンサルティングの支援先の社員から、「継続力をつける方法はありますか」という質問を、たびたびいただく。私は、決まって次のように答えている。「“三日坊主”を許してあげることです」と。“三日坊主”を責めるより、三日できたんだから、また始めればいいと気楽に構えた方が、再出発しやすい。この極意は、ライフプランを作成するようになってから得た。 ◆我々が作成するライフプランは、自分の立場を個人、家庭、会社に区分けして、そこで実現したいと思うことを、1年後、3年後、10年後、25年後の4期間に区切って記入する。個人、家庭、会社の欄には、10項目ずつ「ありたい姿」とそれを実現するための「行動計画」を記入していく。ライフプランを記入する升目の数は、240升になる。それで、このフォーマットを「ライフプラン240」と名付けている。全ての升目を埋めるには、おおよそ6時間位はかかり、しかも、各升目は、できるだけテーマを重複させないで記入するというルールになっているため、完成させるには、相当苦労する。「ライフプラン240」に取り組んでもらうと、「こんなに沢山記入しても、やり切れないから意味がないのではないか」という質問を必ず頂戴する。「ライフプラン240」を作成する目的は、“できること”をテーマ設定するのではなく、“やりたいこと”“やってみたいこと”“経験したいこと”を洗いざらい書き出すことにある。だから、25年後の欄に「月旅行に行く」と記入しても差し支えないし、そのように記入する人は実際に何人もいる。「どうせこれしかできないよ」という限定発想ではなく、「こんなことができたらいいなぁ」という自由発想を呼び覚ませれば、自己啓発のきっかけになる。 ◆私は、この「ライフプラン240」を始めて、新たな経験をいくつも積めている。「ピアノを弾く」「フルマラソンを完走する」「水彩画」「英会話教室」「歯科矯正」等々。どれもが全く未知のテーマであり、取り組んでみると、色々な発見があり楽しい。 ◆ところが、テーマには掲げたものの、実施していないことも数多くある。
「TOIEC900点」「おしゃれに目覚める」「ゴルフスコア80台」「資産運用の勉強」等々。 「ライフプラン240」に記載したテーマを全てやり切ろうとすれば、重荷になり、できたなかったと悔やめば、自由発想が封印されてしまう。それよりも、240升に記入したテーマの中で1つでも2つでも取り組み、目標が達成できれば、新たな自己発見ができてよかったなとの喜びを感じた方が、自分の可能性をより追求したくなる。
◆“三日坊主を許してあげる”極意は、この実体験から得た。「三日できたんだから、また取り組めば四日できる」と考えると、気楽に再出発でき、気がつくと、1週間続き、1カ月、1年と伸びていく。
◆私は、フルマラソンを始めてから、土日はたいがいジョギングをしている。この習慣が身につくことで、次の習慣が無くなった。それは、休日の昼食時の飲酒。飲酒と言っても、生ビールをグビッと一杯飲む程度であるが、以前は、休日のゆったりした時間を満喫した気がして、それはそれなりに楽しかった。ただし、ビールを飲んでしまうと、その後に運動はできない。休日の夕方にジョギングが予定されていると、ビールを飲んだ時点で、トレーニングを断念しなければならなくなる。どちらを取るのかの選択を迫られるわけだが、ビールは走った後に飲めばさらに美味しいからと自分に言い聞かせ、昼食のグビッをあっさりとやめられた。
◆1日は24時間。何に時間を使うかは自分次第だが、何に使うかで将来の自分が決まる。継続は力なりというが、簡単ではないことは誰もが認識している。気合いを入れて歯を食いしばって努力を重ねる厳しさと同じくらい、「またやればいいさ」という気楽さも大切なのである。
◆私は、今年、ある時期に、1週間の断酒にチャレンジしたいと思う。何十年も酷使してきた肝臓を休ませたいのはもちろんのこと、晩酌という習慣を断つことで何かを得られるのではとの期待もある。実行したら、本コラムにダイジェストしますので、「1週間の断酒」というコラムが掲載されなければ、三日坊主だったんだなとご推察願いたい。